ゲティ家だけじゃない!身代金誘拐事件の映画化


5月末に、実在した世界一の大富豪の孫が誘拐された事件を映画化した『エディ家の身代金』が公開される。
5月末に、実在した世界一の大富豪の孫が誘拐された事件を映画化した『エディ家の身代金』が公開される。
身代金誘拐事件という題材は人気なのか、フィクション、ノンフィクション関わらず、サスペンスの定番の1つだ。

残念ながら、パティ・ハースト事件を題材にしたサスペンス映画に関しては、パティ・ハースト本人の猛反対に遭い、企画が頓挫したが、今まで映画化された、実在する身代金誘拐事件とはどういうものなのだろうか。

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ゲティ家の身代金(ジャン・ポール・ゲティ三世誘拐事件)

’73年7月10日、16歳のゲティ3世はローマのファルネーゼ広場で誘拐され、犯行グループは彼の祖父で世界的大富豪のジャン・ポール・ゲティに、1700万ドルの身代金を要求した。
しかしドケチで有名なジャン・ポールは、放蕩生活を送っていた孫に払う金はないと払うのを拒否。犯人たちは耳と髪を切り取り、写真を同封のうえ封筒で親元に送りつけた。ゲティ三世の母で、シングルマザーのアビゲイルが身代金確保の為奔走した事もあり、世論が動き、ジャン・ポールは渋々身代金を払ったものの、身代金の額を値切った事で、世論の批判を浴びた。

カリビアンマフィア・ンドランゲタ一味による誘拐事件とみられているが、証拠不十分で主犯格は釈放されており、身代金は戻ってこなかった。

映画化にあたり、ケヴィン・スペイシーが、特殊メイクで81歳のジャン・ポールに扮して挑んだが、セクハラ騒動で降板。監督のリドリー・スコットは、全米公開1か月前にして、撮り直しを迫られた。公開3週間前に主演が88歳のクリストファー・プラマーに決定し、3週間弱で映画を撮り、公開にこぎつけた。これにより、主演のプラマーは。最高齢オスカーノミネーションとなった。

ジャン・ポール・ゲティの守銭奴ぶりは有名で、身代金にとどまらず生活態度、人間関係全てがケチだった。

家の電話は電話料金が高くつくという理由で来客に使わせず、ホテルのルームサービスは使わず、洗濯モノは風呂で洗い、同じ靴下を10年も履いていたという逸話がある。
にも関わらず、子供が出来た途端離婚を繰り返し、バツ4であり、愛人も沢山作っていた上、60からはシワとり整形まで行っていた。

子供や孫は大成功しているか、謎の死を遂げているかの両極端で真ん中がない。映画の題材となったゲティ三世も、ドラッグの過剰摂取で45歳で死亡している。
ちなみに、この事件で誘拐されたゲディ三世の弟、マーク・ゲディは『Getty Images』の共同責任者である。劇中でゲティ三世が『ゲティ家の名前は残る』と言った事が実現しているのが、ある意味恐ろしい。

ハイネケン誘拐の代償(フレディ・ハイネケン誘拐事件)

’83年11月にオランダ・アムステルダムで発生した、ハイネケン社長・フレディ・ハイネケン誘拐事件は、ハイネケン社長の身柄は確保できたものの、身代金の大半が戻ってこない結末となった。

事業に行き詰った中小企業の社長コルと、義兄のヴィレムは世界的ビール会社ハイネケンの経営者を襲い身代金3500万ギルダー(35億円)を要求。
だが匿名のタレコミによりハイネケンの監禁場所がバレ、ハイネケンの身柄は確保され、コルたちは身代金を抱え逃げる事に。

ハイネケンは、自分を監禁したコルたちに『金ならいくらでもくれてやる』と挑発し、金で集まった輩が仲間割れする事を、劇中でも示唆していた。
映画は実話に忠実に作られていて、コルとヴィレムは『誘拐』が犯罪に含まれていないパリに逃亡したはいいが、捕まる所までを描いている。

実話のその後は、悲惨だろう。
この計画が巧くいくはずもないと身代金を持ち逃げした輩は、精神病院行となり、他の面々は懲役10年以上を喰らい釈放後も犯罪に手を染めている。

身代金の行方は判らないと言われているが、コル、ヴィレム、どちらか生き残った方が持っているという噂だ。

エル・クラン(プッチオ家)

身代金目的の誘拐ならいざしらず『身代金誘拐で生計を立てているのに、周りに気付かれていない一家があったとしたら』という信じられない実話がある。
映画『エル・クラン』のモデルとなったのは、’80年末に逮捕されたプッチオ家だ。

近所から慕われる裕福なプッチオ家は、家長アルキメデス、妻エピファンの間に生まれた息子3人、娘2人と共に幸せに暮らしていた。
時は’80年代のアルゼンチン、独裁政権が終わり、アルキメデスも上級公務員として働き、一家の働きは安定していたはずだったが、フォークランド紛争にアルゼンチンが参戦した事から、政治状況は変わり、アルキメデスは職を失ってしまう。

呆然となった家長が思いついたのは、長男のアレハンドロのスポーツ仲間を誘拐し、身代金を要求する事だった。
これが家族ぐるみの仕業となり、誘拐したアレハンドロの友人が大騒ぎした事はら、アルキメデスは息子の友達を殺してしまい、事件が表沙汰になる。

事件当時、近所の人間は仰天したらしい。アルキメデスが失職していた事も知らなかった上、まさか身代金誘拐、殺人の主犯だと思ってもいなかったからだろう。

チャップリンから贈りもの(チャップリン遺体身代金事件)

喜劇王チャップリンが亡くなったのは、’77年のクリスマス。
遺産総額は、当時のマネージャーによると1億ドル(当時のレートで240億円)と言われていた。

チャップリンが英国からスイスに拠点を移したのは、4番目の妻であるウーナとの間に産まれた8人の子供の為の、相続税逃れと、出演映画の著作権を守る為だったという。
そんな時に、チャップリンの遺体が入った棺が、翌年の3月に掘り起こされてなくなったというのだから、とんでもない話だ。

犯人は国際手配されたが、あっけなくみつかった。主犯はポーランド人のロマン・ウルダス(当時24)、共犯はブルガリア人のガンチョ・ガネ(当時38)、どちらも東欧の貧しい移民で、職もなかった。

映画化となれば普通、遺族は協力しないかもしれないが、この映画、チャップリンの遺族が全面バックアップ。墓があった土地から、生前住んでいた家まで貸し出したという。
それだけでなく、ウーナの娘ドロレスや、息子ユージーンも友情出演し、映画の中には、チャップリンの出演作がオマージュの様に流れているのだ。チャップリンはケチだったかもしれないが、遺族はそうでもなく懐がふかかったのだろうと思う。

いかがだろうか。

ちなみに『ゲティ家の身代金』の話にインスパイアされて、作家のA.J.クイネルは、元傭兵クリーシィ・シリーズの第一作『燃える男』を書いたという。
この映画ではクリーシーをデンゼル・ワシントンが演じ『マイ・ボディガード』として映画化されている。

©eiga.com
身代金誘拐事件は、この様に作家にも影響力を与えるものである。実話の映画化となると、引き込まれるのは間違いないだろう。

身代金誘拐事件という題材は人気なのか、フィクション、ノンフィクション関わらず、サスペンスの定番の1つだ。

残念ながら、パティ・ハースト事件を題材にしたサスペンス映画に関しては、パティ・ハースト本人の猛反対に遭い、企画が頓挫したが、今まで映画化された、実在する身代金誘拐事件とはどういうものなのだろうか。

ゲティ家の身代金(ジャン・ポール・ゲティ三世誘拐事件)

’73年7月10日、16歳のゲティ3世はローマのファルネーゼ広場で誘拐され、犯行グループは彼の祖父で世界的大富豪のジャン・ポール・ゲティに、1700万ドルの身代金を要求した。

しかしドケチで有名なジャン・ポールは、放蕩生活を送っていた孫に払う金はないと払うのを拒否。犯人たちは耳と髪を切り取り、写真を同封のうえ封筒で親元に送りつけた。

ゲティ三世の母で、シングルマザーのアビゲイルが身代金確保の為奔走した事もあり、世論が動き、ジャン・ポールは渋々身代金を払ったものの、身代金の額を値切った事で、世論の批判を浴びた。

カリビアンマフィア・ンドランゲタ一味による誘拐事件とみられているが、証拠不十分で主犯格は釈放されており、身代金は戻ってこなかった。

映画化にあたり、ケヴィン・スペイシーが、特殊メイクで81歳のジャン・ポールに扮して挑んだが、セクハラ騒動で降板。

監督のリドリー・スコットは、全米公開1か月前にして、撮り直しを迫られ、公開3週間前に主演が88歳のクリストファー・プラマーとなり、3週間弱で映画を撮り、公開にこぎつけた。

これにより、主演のプラマーは。最高齢オスカーノミネーションとなった。

ジャン・ポール・ゲティの守銭奴ぶりは有名で、身代金にとどまらず生活態度、人間関係全てがケチだった。

家の電話は電話料金が高くつくという理由で来客に使わせず、ホテルのルームサービスは使わず、洗濯モノは風呂で洗い、同じ靴下を10年も履いていたという逸話がある。

にも関わらず、子供が出来た途端離婚を繰り返し、バツ4であり、愛人も沢山作っていた上、60からはシワとり整形まで行っていた。

子供や孫は大成功しているか、謎の死を遂げているかの両極端で真ん中がない。映画の題材となったゲティ三世も、ドラッグの過剰摂取で45歳で死亡している。

ちなみに、この事件で誘拐されたゲディ三世の弟、マーク・ゲディは『Getty Images』の共同責任者である。劇中でゲティ三世が『ゲティ家の名前は残る』と言った事が実現しているのが、ある意味恐ろしい。

ハイネケン誘拐の代償(フレディ・ハイネケン誘拐事件)

’83年11月にオランダ・アムステルダムで発生した、ハイネケン社長・フレディ・ハイネケン誘拐事件は、ハイネケン社長の身柄は確保できたものの、身代金の大半が戻ってこない結末となった。

事業に行き詰った中小企業の社長コルと、義兄のヴィレムは世界的ビール会社ハイネケンの経営者を襲い身代金3500万ギルダー(35億円)を要求。

だが匿名のタレコミによりハイネケンの監禁場所がバレ、ハイネケンの身柄は確保され、コルたちは身代金を抱え逃げる事に。

ハイネケンは、自分を監禁したコルたちに『金ならいくらでもくれてやる』と挑発し、金で集まった輩が仲間割れする事を、劇中でも示唆していた。

映画は実話に忠実に作られていて、コルとヴィレムは『誘拐』が犯罪に含まれていないパリに逃亡したはいいが、捕まる所までを描いている。

実話のその後は、悲惨だろう。
この計画が巧くいくはずもないと身代金を持ち逃げした輩は、精神病院行となり、他の面々は懲役10年以上を喰らい釈放後も犯罪に手を染めている。

身代金の行方は判らないと言われているが、コル、ヴィレム、どちらか生き残った方が持っているという噂だ。

エル・クラン(プッチオ家)

身代金目的の誘拐ならいざしらず『身代金誘拐で生計を立てているのに、周りに気付かれていない一家があったとしたら』という信じられない実話がある。

映画『エル・クラン』のモデルとなったのは、’80年末に逮捕されたプッチオ家だ。


近所から慕われる裕福なプッチオ家は、家長アルキメデス、妻エピファンの間に生まれた息子3人、娘2人と共に幸せに暮らしていた。

時は’80年代のアルゼンチン、独裁政権が終わり、アルキメデスも上級公務員として働き、一家の働きは安定していたはずだったが、フォークランド紛争にアルゼンチンが参戦した事から、政治状況は変わり、アルキメデスは職を失ってしまう。

呆然となった家長が思いついたのは、長男のアレハンドロのスポーツ仲間を誘拐し、身代金を要求する事だった。

これが家族ぐるみの仕業となり、誘拐したアレハンドロの友人が大騒ぎした事はら、アルキメデスは息子の友達を殺してしまい、事件が表沙汰になる。

事件当時、近所の人間は仰天したらしい。アルキメデスが失職していた事も知らなかった上、まさか身代金誘拐、殺人の主犯だと思ってもいなかったからだろう。

チャップリンから贈りもの(チャップリン遺体身代金事件)

喜劇王チャップリンが亡くなったのは、’77年のクリスマス。
遺産総額は、当時のマネージャーによると1億ドル(当時のレートで240億円)と言われていた。

チャップリンが英国からスイスに拠点を移したのは、4番目の妻であるウーナとの間に産まれた8人の子供の為の、相続税逃れと、出演映画の著作権を守る為だったという。

そんな時に、チャップリンの遺体が入った棺が、翌年の3月に掘り起こされてなくなったというのだから、とんでもない話だ。

犯人は国際手配されたが、あっけなくみつかった。主犯はポーランド人のロマン・ウルダス(当時24)、共犯はブルガリア人のガンチョ・ガネ(当時38)、どちらも東欧の貧しい移民で、職もなかった。

映画化となれば普通、遺族は協力しないかもしれないが、この映画、チャップリンの遺族が全面バックアップ。墓があった土地から、生前住んでいた家まで貸し出したという。

それだけでなく、ウーナの娘ドロレスや、息子ユージーンも友情出演し、映画の中には、チャップリンの出演作がオマージュの様に流れているのだ。チャップリンはケチだったかもしれないが、遺族はそうでもなく懐がふかかったのだろうと思う。

いかがだろうか。

ちなみに『ゲティ家の身代金』の話にインスパイアされて、作家のA.J.クイネルは、元傭兵クリーシィ・シリーズの第一作『燃える男』を書いたという。

この映画ではクリーシーをデンゼル・ワシントンが演じ『マイ・ボディガード』として映画化されている。

身代金誘拐事件は、この様に作家にも影響力を与えるものである。実話の映画化となると、引き込まれるのは間違いないだろう。

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