【ビーマップ事件】伝説のパチプロ集団梁山泊の真相(後編)


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20年前、パチンコ業界を騒然とさせた伝説のパチプロ集団『梁山泊』。


©bookman.co.jp

4年かけて広島、沖縄を除く都道府県のホールを全国制覇した後、彼らは攻略で生計を立てるパチンコ道場を開いた。最盛期には45000人在籍していた梁山泊のパチンコ道場。

しかし彼らは現役時代から数多くの偽物の存在に悩まされ、後に詐欺集団により、自分たちの名前を語った詐欺事件まで起こされてしまった。

刑事事件に発展した梁山泊事件と、本家梁山泊との関係は。そして本家梁山泊は、復活するのだろうか。

1:彼らを題材にした漫画やVシネマは誇張していた

梁山泊が全国を股にかけて活躍した時期は、’90年代半ば。現金機からCR機に台が移行した時期と重なる。

彼らの活躍はルポライター・浜田氏が原作、監修を務めた漫画やVシネマにより、パチンコにそれ程馴染みがない層にも広がった。Vシネマは、渡辺裕之、布施博、赤井英和など、当時トレンディドラマで一線から外れ、Vシネマに流れてきた俳優が起用されていた。

漫画はいざしらず、女攻略プロが偽物に戦いを挑むというVシネマの筋書きは脚色し過ぎだろう。梁山泊のメンバーは多少入れかわりはあったものの、K氏の意向により、入団前に入団テストを受ける事、人数は18人以上増やさない事に最終的に決められていたからだった。

自分たちだけが儲かろうと思わない、パチプロで生計を立てる人を作りたいという夢を、悪徳ビジネスに発展させる輩に目を付けられたというのが結果論だ。

本家梁山泊の面々の大半が行方不明である理由は、元々パチプロ攻略家の生き方にもあるかもしれないが、偽の攻略本が『梁山泊監修』として長年出回り、信用度が落ちたからではないだろうか。

では彼らが後に家宅捜索や証券詐欺にまで発展した、梁山泊事件に巻き込まれたのは何故なのか。

2:本家梁山泊と梁山泊グループは無関係だった!

刑事事件を起こした梁山泊グループと、K氏率いる本家とは無関係である。
事の発端は、偽物の存在に悩まされたK氏が知人の紹介で、名義貸しをしたのが、始まりだった。

梁山泊の名をかたった攻略本が出回る様になったのは’01年ごろ。
その前年である’00年に本家梁山泊の元リーダー・K氏が、名義貸しをしたのが裏社会に繋がりがあると言われている豊臣氏だ。

後のビーマップ事件、アイ・シー・エフ事件、脱税事件で罪に問われる事になる豊臣氏は元々競馬予想会社の社長。
競馬予想会社が巧くいかなくなり、次に目をつけたのがパチンコ攻略だった。

豊臣氏は、K氏と梁山泊のロイヤリティー契約を結んだ後、攻略本出版及び、後の株大量購入のダミー会社『ビタミン愛』を設立。

’01年には『海物語』の攻略本をリリース、その後も『吉宗』、『北斗の拳連チャン打法』の攻略をうたったDVD付きパチンコ雑誌『パチンコ攻略の裏』を’06年から出版していたが、この頃には内容が穴だらけで見られたものではなかった。

豊臣氏率いる梁山泊を象徴したVシネマが、当時のビタミン愛から『梁山泊ファミリー』という題名でリリースされている。

山城新伍演じる元競馬予想会社の社長が、パチプロ攻略会社を立ち上げ、攻略プロを雇うが、攻略プロたちとの間に葛藤が生まれるという筋書きだ。雇われる攻略プロの役を松村雄基が演じているが、K氏と豊臣氏の関係を彷彿とさせる。

豊臣氏に率いる梁山泊グループが活動を開始し、K氏率いる本家梁山泊が表舞台に立たなくなってから、何万もの代金を消費者に支払わせ、いい加減な攻略本を購入させる攻略マニュアル詐欺が横行しはじめた。

これらのアングラマネーで儲けた人間が、次に手を出したのが、言わずと知れた株だった。
その中には刑事責任に問われたものも居れば、問われなかったものもいる。その事件は何だったのか。

3:ビーマップ事件とアイ・シー・エフ事件の手法はライブドア事件と同じ?

梁山泊グループが新聞沙汰となったのは、’07年のビーマップ事件だった。
事件を起こした主犯が豊臣氏だけであれば、この事件は新聞の社会面の片隅に葬られていたかもしれない。だが彼の背後に仕手師が居た事から事件は表沙汰となった。

’07年2月、情報通信会社ビーマップの株を不正に吊り上げたとして、豊臣氏と、取引指南を行った投資顧問の川上八巳、電子商取引会社アイ社元社長・佐藤克、ライブドア元取締役・榎本大輔らが、金融取引法、相場操縦詐欺で逮捕された。豊臣氏はさらにパチンコ攻略詐欺の容疑もかかり、これらの人物に実刑判決が下されたものだった。

だが、梁山泊グループをめぐるパチンコ攻略アングラマネーロンダリングは、これで終わらなかった。

’08年2月、ビーマップ事件から1年後、東証マザーズ上場のIT関連会社『アイ・シー・エフ(ICF)』が大阪の広告会社『大阪第一企画』を買収した際、買収見積額を虚偽報告したとして、アイ・シー・エフ社長以下役員に任意出頭を命じた事件だった。

ICFという会社、登記簿によると住所が東京都築地になっており、梁山泊グループ東京支社のある住所と全く同じ、社長は佐藤氏、役員名簿はビタミン愛とほぼ被っている。

豊臣氏はどういう思惑でK氏から梁山泊とロイヤリティ契約を締結したかは真相は闇だが、その背後についていた川上氏、佐藤氏、榎本氏は、攻略アングラマネーを不膨らませようという目的でついてきたことはうかがえる。

何故なら、ビーマップ株価操作があった時期は、’04年12月から1年間。『ビタミン愛(大阪市西区)』がビーマップ株を17.23%も大量購入し、煽っていたことは大量保有報告書にも載っている。

ビーマップ株価つり上げも、大阪第一企画買収虚偽報告も手法は同じだ。
買収先の企業価値が高まっているように見せかけ、自社株を吊り上げ何も知らない第三者の購買欲をそそり、売りぬける。ライブドアが企業株売り抜けで問題視された方法だ。

元アイ社の社長だった佐藤氏は、ライブドアから痛い目に遭い、仕返しという意味合いを含め元ライブドアの榎本氏にアドバイスを貰い、パチンコ攻略アングラマネーを使い売り抜けようとしたのだろう。しかしその結果自社の公認会計士まで巻き込む刑事事件に発展した。

では、豊臣氏と彼の投資顧問だという川上氏の関係はどうなったのか。

4:豊臣氏の素性と脱税事件

豊臣氏は、さらに’12年、札幌市中央区に住所を置くダミー会社の所得9億4000万の所得隠しと、2億8000万の脱税容疑で再逮捕された。

アイ・シー・エフ事件では旧証券取引法違反で懲役3年、執行猶予5年の罪に問われていたが、執行猶予は取り消され再び服役する事となったのである。

ビーマップ事件で懲役1年半、執行猶予3年。、追徴金2億4500万円の刑となった投資顧問の川上氏は、梁山泊以外にも投資事業を行っていた。川上氏は元々投資のプロだったのではなく別事業で元ライブドアの榎本氏と知り合ってから投資に乗り出した。

そんな川上氏は豊臣を松山会長と呼んでいた。豊臣氏は’05年に日本国籍を所得するまでの旧姓は楊春国。実生活では松山、近藤という通名を使っており、梁山泊グループの名義は近藤春国としていた。

本家梁山泊は、ロイヤリティ契約を行った時に、この様な人物が自分たちに関わる事になろうと想像していたのだろうか。元リーダーのK氏は名義貸しは今でも後悔しているというが、彼は新たな事業に乗り出そうとしている。それは何か。

5:本家梁山泊はカジノへ

本家梁山泊元リーダーのK氏は、現役時代から勝つための戦略だけでなく負け越すタイプを論理的に分析するようにしていたという。梁山泊に密着取材した民放の取材で判るが、会合1つとっても時間厳守、人としてのけじめはつけると、攻略プロである以前に人間性を磨く事にK氏が重点を置いていたことが垣間見える。

『エリートはパチンコなんてしない』元リーダーのK氏は言う。梁山泊の面々の成績以上に人間性を磨こうとした理由はここにある。

稼いだ金を投資や貯蓄に回さず、遊びに使ってしまう。誰かに利用されても気づかない。この道に終わりがある事に気付けない。負けのパターンを読めない事が多い、エリートがパチンコをしない理由を上げればきりがない。ならば攻略プロである以前の人間性を磨こうとしたのだろう。

『勝ち負けに一喜一憂するタイプは勝負事に向かない、どんな事をしても依存症になってしまう。と手厳しい。K氏が目指すのは、勝てばあっさり引き時を見極めることが出来る攻略プロの育成だ。

彼が狙いを定めているのはカジノ。ギャンブル依存症問題が深刻化し、日本では問題視されているが、K氏は『ブラックジャックなどターゲットを絞り、攻略法を身につければ依存症にならない』とし、攻略法を既に考えているという。


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K氏のビジネスパートナーとなるのは、米国野村證券の投資部門勤務後、マッコーリキャピタル資銀行本部 コンサルタントとなった日系ハワイ人のミケーレ・マツダ。

K氏は、今度こそしくじらないビシネスをしたいとしているが、東京五輪を前にして、カジノIR構想はとん挫。ギャンブル依存症問題は深刻化し、本家梁山泊のメンバーの大半は消息不明か、ギャンブルそのものから足を洗っている。k氏のビジネスの賭けは難航しそうだ。

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