生まれてくる子供の脳がない。
そんな事があるのだろうかと思う人もいるかもしれないが、実在する胎児の先天性異常で、無脳症と呼ばれるものだ。1万人に1人の割合で存在し、75%が出産前の超音波診断で中絶を選ぶ人が多く、残りの25%、運よく生まれてきたとしても、生後まもなく死んでしまう事が多い。
そんな中、生後二週間を経過しても生き延びた赤ちゃん2人が居た。
©Courtesy of Buell Family
米フロリダ州に住む、ブリタニーさん(29歳)とブランドンさん(32)の間に生まれた、ジャクソン・ブエル君は、後頭部が全くない。普通の人の2割しか頭の大きさがない小水無脳症の子供だ。
へその尾が首に巻き付いて生まれてきたジャクソン君は、酸素が全身に回らずチアノーゼ状態で生まれてきた。担当医はブエル夫妻に、ジャクソン君は運よく生きることが出来ても2~3日の命だろうと宣告していた。
ところがどうだろう。
ジャクソン君は、’18年10月の3歳の誕生日を目指して全力で生きている。
医師は、ジャクソン君は奇跡的に育つことができたとしても、耳も聞こえず、自力で食べる事も、周りの喋る言葉も理解できず、感情表現もできない、植物人間のまま生涯を終えるだろうとブエル夫妻に告げていた。他に奇跡的に生きながらえ、数年の命を全うした無脳症の子供たちの大半がそうだったからだ。
生まれてくる子供が無脳症かどうかは、妊娠4か月目以降の超音波診断で判断できるという。羊水か母体の血清から血清蛋白A-フェトプロティンが検出されると無脳症である危険性が高いというのだ。
医師は検査した時点で、ブリタニーさんのお腹の中に居たジャクソン君の異変に気付き、中絶を進めたという。だがクリスチャンであるブエル夫妻には、その夜お腹の中にいるジャクソン君から声が聞こえたという。
『ぼくのこと、あきらめないで』
それからブリタニーさんは、ジャクソン君を産むことを決意。毎日が困難の連続だったというブランドンさん。
生まれて1歳を過ぎたある日、ジャクソン君は、丸一日眠れなくなり容態が急変した。専門医に診てもらった所、ジャクソン君は無脳症の中でも、小頭症と合併した、小水無脳症と判明。
組織的に脳の生命維持に関する部分が欠損しているだけでなく、脳が小さいため頭蓋骨もない。脳の上を筋肉と皮膚がわずかに覆っているだけだ。
無脳症の子供が死産になってしまう理由の一つは、顔が半分しか形成されなかったり、頭の皮膚すら形成されないまま生まれてしまう事があるからだ。
©Courtesy of Buell Family
ジャクソン君は目力があり、この通り言われなければ無脳症の子供とは気づかない。
だが、小水無脳症と診断されてから、ジャクソン君は、24時間体制で誰かが世話をしなくてはいけなくなった。点滴や薬は欠かせないし、頭をぶつけてはいけないので、頭にはクッションが必要だ。
母親のブリタニーさんは、仕事を辞め、親族と交代でジャクソン君の世話をしている上、収入はクラウドファンディングで賄っている。
ジャクソン君は、専門医やカウンセラーを含めると8つの医療機関に、かかっている上、日本の様に保健医療ではないので莫大な医療費がかかるのだ。
©Courtesy of Buell Family
見えない人々の愛に答えるかの様に、ジャクソン君は、無脳症の子供の例外ともいえる目覚ましい進化を遂げているという。
2歳になった時点で、わずかながら歩ける様になり、文字を目で追うようになったのだ。今では『パパ、ママ』と言葉に出して首を向けて挨拶できるのだという。
©Courtesy of Buell Family
感情表現ができないといった医師の宣告はウソのように、うれしい事があると、この通り笑うジャクソン君。周りに何がおこっているのか、ちゃんと把握し、目と耳で察知しているのだという。
ブランドンさんは、ジャクソンが生まれてきた意味は『人生の一瞬に目的を持つこと』だという。息子の人生には、目的があった、だからこそ生まれてきた。
何気なしに一日を過ごし、気が付いたら数日過ぎていたという人が多い中、息子は一日一日劇的に変化していっている。それは今日よりも明日、明日よりも、明後日進歩しようという目的を息子がもっているからだという。
©Courtesy of Buell Family
ブエル夫妻は、一歩一歩目的をもって一日歩んでいくジャクソン君の軌跡を残そうと本『Don’t Blink』を上梓。翻訳が待たれている。
また先天性の障碍を持ちながら医療費がかかり治療出来ない子供たちの為に
『Jackson Strong Foundation』を立ち上げた。ジャクソンが全米のメディアで『強い子ジャクソン(Jackson Strong)』と言われた事になぞらえてだ。
©Courtesy of Buell Family
メディアに出演する様になってから、夫妻は見ず知らずの人々から嫌がらせを受けるようになったという。中には殺すと脅された事も。
身の危険を感じた夫妻は、ジャクソン君に最先端の医療を受けさせる事と身の安全を確保する為、ノースカロライナから、フロリダに移住。今もなおジャクソン君の戦いは続いている。
©Courtesy of Buell Family
だがジャクソン君の様な例は、まれだ。
無脳症の子供は長くは生きられない。
米コロラド州に ’09年生まれたニコラス・コーク君も無脳症の子供だったが、生まれた時から、目も見えず、話すことも、食べる事も出来なかった。
特殊医療機器に頼らず、いくつかの薬を使って生き延びてきた。
©Facebook
『この子は話す事も聞くことも出来ませんでした。母親のおっばいすら吸う事も…でも周りが自分をどう思っているか、何をしているのかは、きちんと察していたのです。無脳症の子供に喜怒哀楽がないという心ない事を言う医師がいますが、そんなわけがありません。
わずかに動く目で、表情で私たちに語り掛けてくれるのですから。』
こう語るのは、ニコラス君の祖母であるシェリーさん。
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シェリーさんは、少しでもニコラス君に思い出を作ろうと色んな所に連れていき、家族の行事に参加させたという。
ニコラス君の最後の写真は、ハロウィーンの写真。大きなカボチャの上に乗って満足そうな写真だった。その2日後、ニコラス君は安らかに旅立っていった。
健康な子供を持った人は、障害を持つ親をどこか『可哀そうに』と下に見ている。障害を克服した大人すら見抜けない彼、彼女たちは、本当の意味で障害を持つ人々の心に寄り添えていないのではないだろうか。それはニコラス君の祖母シェリーさんの言葉で明らかだ。
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『世間の人々は私たちを憐れむかもしれません。障害を持ったお孫さんが早くに亡くなって可哀そうねと。そうじゃないの。私たちにとってニコラスはヒーローなの。生きる糧を与えてくれたかけがえのない存在だし、いつでも家族の一員としてそこにいるのよ。』