『私も、あのスナックの常連でしたが、まさか彼が保険金殺人をやっていたとはねぇ』と語るのは事件があったスナックの常連の男性。何のことか。
今から20年前に埼玉県本庄市のカラオケスナックで起きた、保険金殺人事件の事である。オーナーの八木茂(’08年死刑確定)が、独身男性に多額の保険金を賭け殺した容疑で死刑判決を受けた事件である。
当時の事件背景と、その後、家族はいたのか、どうなったのかを振り返る。
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時は’89年、バブル景気終わりかけの頃。
群馬県伊勢崎市のパチンコ店勤務の斎藤という男は、営業先の埼玉県本庄市でスナック『カラオケ道場レオ』に寄った。
斎藤(当時45歳)は東北出身。中学卒業後、戦後の集団就職で上京したが今は職にあぶれ工場勤務の独り者。そんな彼にスナックの経営者・八木は当時18歳だったホステス・まゆみをつけた。
親子ほど年が離れているホステスに親切にされ、オーナーの八木にはツケで飲んでいいと言われ、斎藤のツケはいつの間にか300万近くに膨れ上がっていた。
青くなる斎藤に八木は、借金返済の為に本庄市の鉄工所を紹介。アパートも斡旋すると親身になった。だがこれは一見親身になっているようにみえて実は、斎藤をスナックに入りびたりにさせる作戦だった。
八木は斎藤に、フィリピン人ダンサー、アナリエ・カワムラを永住させたいので、戸籍上だけでも籍を入れてくれないかと頼む。斎藤も店のツケがたまっている以上断れない上、フィリピン人ダンサーの女性も20代半ばで可愛らしい。悪い気はしないので’90年12月に受け入れた。
その後も、八木は斎藤に店で、ストレートのウィスキーを飲ませ、つまみは、まゆみに食べさせ、一睡もさせず仕事に行かせた。日中は鉄工所で働かせ、鉄工所に斎藤に月100時間残業させるように頼み、残業後はパチンコ店で働かせ、佐藤にはツケを返す為だと説明した。
斎藤は、くたびれた体で店に来て、まゆみの顔を見ながら酒を飲み、またツケを貯めていた。
斎藤をここまで馬車馬のように働かせたのは八木が佐藤に莫大な保険金を賭けていたからだった。ツケが払えなさそうな独身で身寄りのない男性をターゲットにし、店の従業員と偽装結婚させ、ツケを貯めさせ、過労死させることで保険金を奪おうというものだった。
しかし佐藤の体力は尋常ではなく、今でいうならワンオペブラック企業で働き、子育てもしている以上の働きぶりであるにも関わらず体力の衰えを見せなかった。
狼狽えた八木は斎藤が店に来ると、今度はタバコを煮出しその中にコーヒーと大量のガムシロップを加え飲ませ、さらにウィスキーや焼酎も飲ませたが、斎藤は、まゆみが出してくれたものならばと、何でも飲んだという信じられない話だった。
そして’95年、しびれを切らした八木は猛毒で知られるトリカブトを探し、アンパンに混ぜて食べさせることにした。さすがの斎藤も毒を前にすると衰弱しはじめたが、毒殺とばれると保険金がおりない。八木はノイローゼになりかけた佐藤に、まゆみと2人で生活すると言って会社を辞めてこいとそそのかし、佐藤を連れ出すと殺し遺体を利根川に投げ捨てた。
八木のスナックには斎藤殺しで保険金3億円が入り、八木は金を元手に金融業に手を広げ始めた。しかし4年後、金融業が傾き始め、八木は再び保険金殺人に手を染めることになる。
ターゲットとなったのは、またもやパチンコ店経営の男性で、八木は、この男に、まゆみをつけ、スナックのホステス、森田孝子と偽装結婚させられた。
アルコール度数96%のウォッカと、35%の焼酎を混ぜて、それで風邪薬をサプリと偽らせ客に飲ませてていた。ご存知の通り風邪薬はアルコールと一緒に飲むと重篤な副作用が出てくる。二番目のターゲットとなった男はあっけなく殺され保険金1億8000万円が下りるはずだった。
だが3番目のターゲットとなった男が、その時同時に居た。塗装工の男である。
男は、パチンコ店の男が自分の目の前で酒を注がされホステスと偽装結婚させられるのを見て、このままでは次に殺されるのは自分だと察し、寝間着姿のままで埼玉本庄署に駆け込んだ。これが事件解明のきっかけになった。
しかし、事件発覚、八木逮捕に至るまでの8か月、八木はしぶとかった。
本庄警察は、2番目のターゲットとなった男の遺体を押収し司法解剖した結果、風邪薬の成分を検出する事は出来たものの、死亡原因の物的証拠に繋がらず捜査は難航した。
主犯の八木は限りなく黒に近かったが、一番目の犠牲者が出た時点で手出しを出来なかった理由の一つとして、八木が暴力団関係者だったという説もある。八木の背中には1000万かけて彫ったという刺青があり、これは堅気の人間ではない事を意味している。
疑惑発生から逮捕までの8か月、自分の店を会場にし、記者1人に対し3000円~6000円巻き上げて『金を払わないヤツが取材するな』と言い張り、店には取材に来てくれた=金を店に落としてくれた記者ランキングを貼りだすという、がめつい真似もやらかした。これで1000万円稼ぎだした上、記者から金を巻き上げた目的は、いざとなったら海外逃亡するつもりだったというのだから呆れた話である。
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捜査は物的証拠もなく難航。決定的証拠となったのは、ホステスたちの証言だった。八木の女関係は乱脈を極めていたからだ。
八木は愛人が4人居て、その内の1人が妻になり息子を産んだ。彼が一番大事にし、店や事件に一切関わらせなかったのは妻子だった。
森田孝子は、八木の娘を産んだが、結婚はしておらず、2番目のターゲットと偽装結婚、ホステスの中でも古参で逮捕当時は34歳だった。
フィリピン人ダンサーのアナリエもやはり八木の愛人だったが、保険金の分け前はもらえた事と、偽装とはいえ結婚した事で国籍を貰えたのは役得だろう。
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となると、まゆみだけが貧乏くじをひいたことになる。
まゆみは、八木の幼馴染で16の時から八木の愛人であり、この計画の実行犯でありながら、八木の子供がいない愛人だった。
常に『計画が全てうまくいけば結婚しよう』とそそのかされ、きがつけば32歳になっていた。警察に捕まった時も、八木が彼女に送ってきた手紙は『無実があかされたら結婚しよう』という手紙だったのだ。そんな馬鹿な言葉にもうだまされない。
まゆみの証言が決定打となり、’00年3月、八木とホステス3人は、偽装結婚による公証証書原本不実記載容疑、その他、殺人罪、詐欺罪で起訴され、八木には’08年に死刑が確定された。
八木は現在70近くなり、未だに東京拘留所に収監され無罪を主張している。ホステス3人は、罪を認め、刑期を勤めあげ、釈放されている。
まゆみは’02年に自伝を出し、事の全てを赤裸々に語っている。スナックの跡地は今は倉庫となっている
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そして、八木の妻や息子はどうなったのだろうか。八木の妻は、事件後も淡々と本庄で暮らしていたという。
ケネディを暗殺したオズワルドの兄が、ダラスからどこにも行かなかったのと同じ様に、事件に関わらなかったものは所詮関係ない話なのだ。
八木の妻は、体が弱く、人工透析をしており、事件後にガンで亡くなったという。息子はまだ生きているが、事件発覚後一族と絶縁しており、記者の取材にも『自分はなにも関係がない』と断っているという。
結婚という甘い言葉で心の弱い女をそそのかし、ツケといううたい文句で独り身の男を貶めた小賢しいヤクザくずれの犯行が本庄保険金の真相だという事だろう。