【ミステリー】33人も少年を殺した殺人ピエロ ・ジョン・ウェイン・ゲイシー


『IT それが見えたら、終わり』に出てくる殺人ピエロを、彷彿とさせる、実在の事件がある。

『ダークタワー』が現在劇場で公開で、原作ファンから賛否両論があがっているが、ダークタワーシリーズの一部である『IT』の殺人ピエロが、諸悪の根源である『深紅の王(クリムソンキング)』の形を変えたものである事は、ファンにもなじみ深いだろう。

では哀しいかな、『IT』の殺人ピエロの様になってしまった男とは、どんな男だろうか。

ピエロに扮し、少年たちを誘い出した末、33人もの少年を拷問・レイプし殺した罪で死刑となった男、ジョン・ウェイン・ゲイシーである。

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1942年3月17日アメリカ合衆国イリノイ州シカゴに生まれた。

息子が産まれる事を望んでいた父親スタンリーは、ゲイシーが産まれた時、雄々しい男にしようと、当時の西部劇俳優ジョン・ウェインの名前をファースト・ネームに付けた。

しかしゲイシーは生まれつき心臓疾患があり病弱で、失望した父親は『クズ』、『間抜け』、『そんな事では同性愛者になるぞ』と毎日の様に罵倒し続け暴力をふるい続けた。
この事が原因でゲイシーは癲癇を患う様になってしまうが、父スタンリーは癲癇の発作でさえも仮病と言い張り虐待し続けた。

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虐待を受けてもゲイシーは、父に認められようと努力し、がむしゃらに働き続け、
卒業後、靴のセールスマンとして功績を収めた後、ケンタッキーフライドチキン店長に昇格。

’64年9月に地元の実業家の娘・マリリン・マイヤーズと結婚。ゲイシーは、結婚後青年商工会議所で積極的に活動し、1男1女にも恵まれ、社会的に模範的な父親となることで、父スタンリーに認められる事となった。

しかし、ある日ゲイシーは職場で少年に対する性行為をしたとして逮捕されてしまう。だがこれは結婚後にはじまった事ではなかった。

ゲイシーは、初恋の相手と体の関係になった時に気を失って倒れてから女性に対してコンプレックスを抱き、セールスマン時代に同僚の男性と軽はずみな事から体の関係になり、ゲイに目覚めてしまった。

ゲイシーはファーストフード店の店長となったのをきっかけに、店員のバイトに淫行を働くようになった事が明るみに出たのだ。逮捕され、妻子もキャリアも失ったゲイシーは父親の信頼も失った。彼が獄中にいる間に、父親は失意のうちに亡くなった。

’70年に出所したゲイシーは、シカゴ郊外デ・プレインでリフォーム業を始めた。

セールスマンとしての腕前を生かし、売上を伸ばし、地元の民主党支部にも顔を出した。当時の大統領カーター大統領の妻・ロザリン夫人とうつっている写真まである。

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ポゴというピエロに扮して小児病棟や孤児院を慰問しだしたのもこの頃からだった。チャリティー活動に熱心だった彼はパーティーに道化師の姿で登場する事が多かったのと後の連続殺人から『キラークラウン』とも呼ばれていた。ゲイシーは、ピエロになるための資格だけでなくマジックも熱心に勉強していたという。

’72年6月には高校の時からの知り合い、キャロル・ホフと再婚。だが結婚半年以上前に、最初の殺人を犯していたというのだから末恐ろしい。

’76年3月に、2人は離婚するが、殆どの犠牲者はゲイシーの二度目の離婚から2年後に集中している事が捜査の結果で明らかとなっている。取調べに対しゲイシーは後に『あの2年間は、とても辛かった。誰も僕の傍らにいなかったから。』と答えていたという。

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その2年間、ゲイシーの家の近所の人は、ゲイシーが頻繁に若い男性を連れ込んでいるのを目撃していたという。それも代わる代わる違う若い男性だったので不審に思っていたという。この時期、ゲイシーは朝早く出かけ、夜、若い男性と帰ってきた。怪しまれて当然だろう。

この時期、ゲイシーは、パーティーで少年あさりをしていて、月に1~2人は連れ込んでいたのが後で判明した。

ゲイシーは、『親しみやすい社交的な地域に根差した実業家』という仮面を被り少年たちを連れ込んでレイプし、殺していた。その年齢は下は9歳、上は兵役あがりの大学生まで、自分より若い男性であればだれでも良かった。

最後の犠牲者の1人、ジェームス・マッザラ(享年20)は、ゲイシーがピエロの格好をして感謝祭に尋ねてきたので、共にごちそうを食べた後、連れ去られレイプされ殺されたというのだ。

だがゲイシーも、警察のお縄になる時が来る。

’78年12月11日、15歳の少年ロバート・ピーストが、薬局で改装工事の間取りをしていた男に『アルバイトをしないか』と声をかけられてから行方不明になるという事件が起きた。
両親が出した捜索届で、ゲイシーの家を家宅捜索したデス・プレーンズ警察の警部補ジョゼフ・コゼクサックは、部屋全体に死臭が漂う事に気付いた。

ゲイシーは、しらばっくれようとしたが、この頃には麻薬をやっていたゲイシーは、日常的に可笑しな行動が目に付く様になり麻薬所持の現行犯逮捕で、本格的に家宅捜索となった。

すると床下から29体もの腐乱死体が発見されたのだ。本人の自供では後4人殺したといい、床下に埋められなかった為、デス・プレーンズ川に捨てたという。川を捜索するとロバート・ピーストの遺体が発見された。

だが後にゲイシーの告白によると、45人殺した事が明らかとなっており、遺体が発見されているのが僅か33体だけという結果になっている。何故この様な食い違いが起こるのか。

逮捕後のゲイシーは開き直って『自分は多重人格である』と主張。これも幼い時に父親から受けた虐待が原因で言い逃れする癖がついてしまったのかもしれない。

『自分を認めてくれなかった父親よりも世間には大勢味方がいる』と言わんがばかりに、ゲイシーは財力と悪知恵にまかせ何度も上告し、’80年に下された死刑判決を伸ばしまくり、市民にデモをおこさせ優雅な生活を送っていた。

その勘違いぶりはエスカレートし、週に100通以上送られてくる支援の手紙に有頂天になり、刑務所内で『オレに殺されたいヤツは立候補しろ』という傲慢さもみせつけた。その残虐さは父親を超えていた。

最悪なのは、ゲイシーに関心を持った18歳の青年ジェイソン・モスという青年まで刑務所内で、手を出そうとした事だ。

ジェイソン・モスは、チャールズ・マンソン、ジェフリー・ダーマー、テッド・バンディなど、この時代を生きた連続殺人犯に面会に行き直接真実を聞き出そうとした学生。
10歳で大統領顕彰の成績優秀学生賞を受賞、ネバダ州立大学を首席で卒業した、アメリカを代表する天才児で、犯罪心理学に興味をもった学生で、FBIのプロファイラーを目指していた。

’93年に文通をしはじめたゲイシーは、’94年にモスと面会する事となるが、モスを監視カメラの死角に誘いこみ殺そうとした所を看守にバレてしまった。

これが引き金となり’94年5月10日深夜、ジョリエット刑務所にてゲイシーや薬物処刑される。だが注射後7分で死亡するはずがゲイシーは20分、窒息するまで苦しみぬいて絶命した。担当検事は

『被害者の苦しみに比べればたいしたことはない』と一蹴した。

この事件の後、モスは犯罪者被害者の弁護士となるが、モスはその後もゲイシーに殺される悪夢を見続け、’06年6月6日、拳銃自殺をした。
彼は『羊たちの沈黙』のクラリスにも、『ブラックリスト』のエリザベス・キーンにもなれなかった。

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彼が生前に描いたいくつかの絵はマニアの間で高額で取引されているようだ。ジョニー・デップが購入したが、彼はピエロ恐怖症の為、購入後処分したらしい。彼をピエロ恐怖症にした原因の一つは、ゲイシーの様なシリアルキラーである事は間違いないだろう。

「連続殺人犯」の心理分析

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