プロポーズした半年後に、脳にガンが見つかった空軍の男性・4度の再発を乗り越え、20年生きる


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恋人にプロポーズした後に、ガンがみつかり、余命数年と医師に宣告されたとしたら、貴方は未来の結婚相手に病名を告白するだろうか。

米セントルイスに住む、元空軍大尉のマイケル・モリスさん(47)は、20年前、空軍在籍時に、ガンで余命6年と宣告され、その後、4回の再発、2度の手術、2度の化学療法という試練を乗り越え、20年も生きながらえている。


©fightingthroughfitness.wordpress.com/borepanda.com

生存率が5割を切る病でありながら、マイケルさんが生き延びた理由は、どこにあるのだろうか。

マイケルさんは、20年前の27歳の時、空軍大尉で、オフの時は、地元セントルイスの小さなバスケットボールチームのエースとして活躍していた。

所属するバスケチームは小規模ながら強豪で、マイケルさんのチームは優勝常連。その時も地方大会の優勝決定戦が行われていて、マイケルさんは激しい接戦の末、対戦相手のプレーヤーに頭から激突。30秒ほど右半身が麻痺するショック状態に陥った。

試合の翌日、マイケルさんは念のため、脳のCTスキャンを取り、一週間後にMRIを撮影する予約を入れた。
CTスキャンの時点では、怪我による深刻な問題は見当たらないという医師の判断から、検査当日に帰宅する事が出来たマイケルさんだったが、MRI検査の日は、そうではなかった。

MRI検査の結果が出た時、マイケルさんのMRI画像を見た脳外科医や軍医が眉をひそめたのだ。医師の1人が代表してマイケルさんにMRIの結果を伝えに来た。『マイク、MRIの結果なんだが、何か腫瘍の様なものがある。精密検査をしなければ判らないから、詳しい検査結果は一カ月後になる。』この一言が思わぬ結果を生むことになる。

マイケルさんの脳の病理は、星状細胞腫、脳のガンだった。

星状細胞腫は神経膠腫(グリオーマ)を代表する腫瘍で、ほぼすべてが悪性腫瘍。グレード2が、びまん性、グレード3が、退形成性、グレード4は、高齢者に多い膠芽腫となる。

周囲の脳に、染み込む様に病理が発達する上、脳の場所を選ばずに発生するので、開頭手術で病理部分を取り除ききれない事も往々にしてある。
術後3年の生存割合は、グレード3で6割、膠芽腫では2割とされているが、実際はもっと低いと言われている。

この様な難病で、マイケルは、どうやって発症から20年も生き延び、今もなお病と闘い続けているのか。


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マイケルは、病名を宣告される前に、同じ空軍の事務員として働く恋人のアンジーにプロポーズしていた。
『結婚を申し込まれた時は、若くて強くて、健康で将来有望な空軍の男性だなんてラッキーだわと思ったわ。それがプロポーズされた半年後に、夫が不治の病になったって、驚く以前の問題よね。』アンジーさんは語る。何よりも彼女が驚いたのが、夫マイケルさんの不屈の精神だ。


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担当医師は、マイケルさんの病状を診断し余命6年、開頭手術をしても8年と宣告していた。

少しでも長生き出来ればと望みを託し、マイケルさんは、’01年4月28日に初めての開頭手術を受けた。この通り傷跡は生生しく痛々しい。脳医学の権威の1人であるキース・ブラック医師と米国トップクラスの医師がチームとなり手術は行われた。

右前頭葉から、2.8cm大のガン化した腫瘍を切除したが、マイケルさんによるとこの部分は記憶、言語、個性を司る部分で、一つ間違うと、’60年代のロボトミー手術を行った患者の様になってしまうのだという。
が、奇跡的にマイケルさんが、言語や記憶、個性という人間らしさを失わずに済んだ。

だが、彼に安息の日が訪れるのは早かった。4年後の、’05年春に同じ場所にガンが再発したのだ。しかも今度のガン化した細胞は大きく、進行も早かった。

マイケルさんは医師の勧めに従い、開頭手術を同じ個所に施すのはリスクがあるという事で、化学療法を試してみる異に。
化学療法を行うと、運動機能が失われやすくなるので、マイケルさんはリハビリも兼ねて、筋トレとマラソンに打ち込んだ。

化学療法が終わりかけの10カ月目には、コツコツと続けていたマラソンの距離がのび、42.195kmまで走れるようになっていた。

だが運命は皮肉そのもので、彼に再び試練を与えた。10カ月目に消えかかっていたガンが脳の違う所で再発したのだ。
マイケルは辛い化学療法を続ける事にしたが、これを乗り切れたのは、この時期に生まれた娘の存在も大きかった。娘が大きくなり成人するまで生き延びなければいけない。その使命感で、マイケルさんは命をつないだ。


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娘さんが歩ける様になるまで成長し、奇跡的にガンを克服する事が出来たのか、と親戚中で騒ぎ始めた’10年を超えた矢先、マイケルさんのガンは再発する。

今度は、医師は化学療法でダメージを受けた頭蓋骨の一部と病理細胞を取り除くという手術方法を取る事にした。4度目の手術費用は高額になるため、空軍時代の恩給だけでは賄えない。

マイケルさんは4度目の手術費用を工面する為、チャリティマラソンに乗り出した。
義理の弟クリント・ジャンソンと共に『チーム・マイケル・モリス基金』を立ち上げ、これからも再発するであろうガンの手術及び化学療法の費用集めに奔走している。


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マイケルさんの話がメディアで知られる様になったのは、マイケルさんの甥っ子、ソーレン・ジャンソンが、SNSにマイケルさんの奮闘記を投稿したからだった。
病魔に苦しみながらも明るく前むきな叔父の姿は、甥っ子からみても誇れる存在なのだろう。


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『私には生きる意味があるし、諦めるという言葉を断る権利もある。』
マイケルさんは、今日も走り続ける。

Guy Who Was Supposed To Live For 6 Years After Brain Cancer Diagnosis, Lives For 20+ Years, Beats It 4 Times

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