餃子の王将社長殺害事件・創業者の息子が店を駄目にした?孫は現在も失踪中


日本には様々な未解決事件があるが、餃子の王将社長殺害事件もそのうちの一つと言われている。事件が起こってかれこれ5年になる。


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時は五年前の、’13年12月19日早朝。

『餃子の王将』の『王将サービス(京都市山科区)』の大東隆行社長(当時72歳)が本社ビル前清掃中に、何者か至近距離からサイレンサー付銃で弾4発を至近距離で撃ち込まれ殺された。

京都府警は当時約2万人の捜査員を投入したが、犯人の正体、大東氏が殺害された具体的理由も判らなかった。

何故なら、この事件だけでなく企業の社長やトップに近い人間を標的にするテロは、被害者自身も気づかないトラブルや紛争が渦巻いている為に、殺害された時に、未解決事件となってしまう事が多々ある。

’93年8月5日に起きた阪和銀行副頭取射殺事件もそうだった。

当時、阪和銀行は行内の右翼関係者や暴力団への不正融資を月刊誌『世界』に告発され、’93年の暴対法、バブル崩壊、副頭取射殺事件と火達磨になり、破綻に追い込まれ、どの銀行も救いの手を差し伸べようともしなかった。

大東社長は、気さくで気配り上手、誰からも人気があり、トラブルになる事は一つもないと王将フーズの関係者たちは豪語しているが、果たしてどうだろうか。

餃子の王将の創業者の闇

餃子の王将は、お手頃価格で中華が食べられる店と言うので京都・大宮という下町を本店に’67年に開業。当時は駅前に東映の二番興行館があった事から繁盛していた。


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創業者・加藤朝雄氏は1924年、九州の福岡県飯塚市の貧しい集落の生まれで、京都に店を開店するまでの学歴職歴は不明。彼の闇社会や部落とのつながりが、現経営者まで負の遺産となり尾を引いていると言われている。

だが’93年に創業者が亡くなった途端、王将フーズは闇の人脈から乱脈融資を受け継ぐ形になり、組織的に崩壊していったという。

創業者の朝雄氏は、バブル期に体調を崩し、取引先の一つであるアサヒビールの望月邦彦氏(81)に社長の座を譲っている。その時、望月氏は朝雄氏から、九州にいた時からの付き合いだという、不動産業者A氏を紹介されたという。

当時飲食業界が出店しようと思っても不動産業は今の様にテナントとして貸してくれなかった時代に、彼に頼むと貸してもらえたというのだから、普通の筋の人間でなかったことは確かだ。そんな彼は、’93年に朝雄氏が死去した時も葬儀に参列し、朝雄氏の二人の息子の親代わりになると望月氏に言ったという。

だが望月氏が社長職を退いて、代表権が長男の潔氏と次男の欣吾氏に移った時に、会社の屋台骨を揺るがすような乱脈融資が始まった。

’93年~’06年まで創業者知人や関係企業と不適切な取引を繰り返し209億円を流出させていた事が発覚したのは、4代目社長で彼らの叔父である大東氏がなくなった3年後、第三者調査委員会で明らかになった。

しかも大東氏は、同じ内容の長所を社内調査委員会で明らかにしようとした一か月後に殺されている。


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望月氏曰く、自分が社長時代は最終決定権は自分が握っていたので、乱脈融資が表面化する事はなかったという。表面化したのは次男が経理担当から専務になり主導権を握ったからというのだ。彼はA氏に弱みを握られているのか、彼のいいなりだったという。

欣吾氏は『A氏に世話になっているから、彼の会社を通じてハワイの別荘を18億で買わないと』というムチャぶりを押し付けられたり、この他にも温泉地などの購入をA氏の会社を通じて行わされていたというのだ。

第三者調査委員会によると、’93年当時A氏の不動産会社は、旧住専の総合住金から132億円の融資を受けていたが住専は破綻。王将フーズが100%子会社として’95年に『キングランド』を作り、そこから不適切な14もの融資を引っ張り出したというのだ。

だが社内でクーデターが起こり、創業者一族は要職から引きずり降ろされる。その後に社長となったのが大東氏だった。

大東氏は、王将を立て直そうとした?

射殺された大東氏は、創業者の義理の弟にあたる。朝雄の妻の弟で、王将の一号店である大宮店で働き、営業本部長、専務を得て社長になった叩き上げだ。


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大東氏は一連の不適切な金の流れについて『王将が不動産の会社つくってトンネル会社作ってるなんておかしいやないか。』と一蹴。

A氏をはじめとする創業者時代からの闇のつながりを排除しつつ、今までの営業利益を保とうと方向転換しようとした。

だが大東氏一人で、創業者時代からの『闇』をぬぐいきれるわけでもなかった。

’12年12月王将・金沢片町店で、近くのボーイズバーのホスト10人が店員の制止を振り切り全裸でカウンター席に座って写真を撮影、ネットで公開。これが原因で店は閉店に追い込まれた。

石川県警は2人を逮捕、7人を書類送検し、王将は威力業務妨害罪などで刑事告訴したが、後に、店の進出場所をめぐりボーイズバーと揉めていた事が判明した。

ボーイズバーの背後には中国残留孤児2、3世が結成し、暴力団やチャイニーズマフィアと交流がある半グレ集団『怒羅権』がおり、大東社長射殺事件は摘発から二か月後に起きていた。

不動産関係のもめ事処理はすべて前述のA氏が一手に引き受けていたのだろう。そうでなければ、ここまでもめ事が起きるわけもない。


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’05年7月に王将が中国東北部・大連市に新店舗を開業したが、’14年10月末に撤退。

大連在住の日本人実業家の話では、向こうで商売するには、役員や共産党幹部への根回しが必要なので、辣腕の現地コーディネーターを雇う必要があるというのだ。コーディネーター選びだけでなく地元マフィアとの交渉にも失敗した結果こうなったという。

では大東氏を殺害したのは誰なのか。

筋として濃厚なのは、A氏を通さず、大東氏が交渉して失敗した出店計画に携わったヤクザやマフィアという事になるだろう。

そうなると絞れてくるのが、’80年代に出店、セントラルキッチンを作ろうとして苦心した、北九州、閉店に追い込まれた金沢、そして大連だろう。

大連では、王将側の現場責任者が大東氏に内緒で新しいコーディネーターを雇い、怒った大東氏が、暴力団幹部を通じ事態の収拾を依頼したという。
同じ事柄に対するトリプルブッキングが発覚したのが、大連出店時の話なので、この件が一番危ないとみなされている。

創業者の孫は失踪中?

それだけではない。
創業者の孫で、加藤潔社長の息子・貴司が息子を連れて’08年から失踪中だというのだ。

貴司は姫路のショーパブでウクライナ人の妻・カチェリーナさんと知り合ったもののカチェリーナさんはDVに耐えかね、息子を連れて祖国に帰国。

貴司は妻を追いかけ、復縁を迫り、3人はエジプト旅行に出かけたものの、貴司は旅行中に息子を連れて失踪したという奇怪な事件だ。

カチェリーナさんは夫の失踪により資産を相続しているが、何よりも心配なのは連れ去られたも同然の息子ではないだろうか。

『餃子の王将社長射殺事件』

阪和銀行

王将、209億円流出 創業家知人らと不適切取引・第三者委調査

金沢片町王将閉店・店員『怖くて止められず』

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