’18年9月11日、米国で発売となった、ボブ・ウッドワード書下ろしによるトランプ大統領暴露本『FEAR』が、発売初日に75万部を突破し、ベストセラーとなった。
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ボブ・ウッドワードと言えば政治映画好きなら一度は聞いた事がある名前だ。
映画『大統領の陰謀』は、ワシントンポストの新米記者だったボブ・ウッドワードと、先輩記者のカール・バーンスタインが、時の大統領ニクソンが、ウォーターゲート事件に関わっていた事を暴き、現役の座から引きずり下ろす様を描いたものだった。
ウッドワードを、ロバート・レッドフォード、バーンスタインをダスティン・ホフマンが演じ、今も語り継がれる映画となった。
ウッドワードを演じたロバート・レッドフォードは、今年引退したが、ウッドワード本人は、ピュリツアー賞二度受賞の意地もあり、記者生活47年をかけた暴露本を出す事となった。
トランプ大統領の暴露本は、有名なものでは今回が三作目になる。
一作目は『USAトゥデイ』の元ジャーナリストで知られるマイケル・ウルフの『炎と怒り(Fire and Fury)』。
次は、元大統領補佐官オマロサ・マニゴールドの『Unhinged』。
ウルフの暴露本では、トランプの元選挙対策本部長だったスティーブン・バノン、ジャレット・クシュナー、イバンカ・トランプ夫妻、政権発足直後の首席補佐官フリーバスに焦点を当てて書かれた。メディアに出てくる人々ばかりに焦点があてられていた。
マニゴールドの本は、TVのリアリティショー時代からトランプがいかに下衆で品格がない男か、恨みつらみを書き綴ったゴシップ本となっていた。
この二冊と一線を画すのがウッドワードの暴露本だ。
トランプ政権の関係者に直接取材を申し込み、会話をテープ録音しただけあり、信憑性は確かだ。本人も『信憑性に関していえば1000%と自信をもっていえるね。』と先週の木曜に出演したCBSのニュースで答えていた。
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ウッドワードが重点を置いたのは官僚たちの本音だ。
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現首席補佐官・ジョン・ケリーは自分の任務を『人生最悪の仕事』と嘆く。
国防長官ジェイムス・マティスは、『あいつをブっ殺せ、沢山ブっ殺せ』とホワイトハウスで大声で罵り倒すトランプに対し、大統領の国語の理解力を『小学生並』と憐れんでいる。
その他にも、元国家安全保障問題担当大統領補佐官・マイケル・フリン、フリンの後任で今年辞任したマクマスター、国防長官のティラーソン、トランプが最初に大統領に立候補した時応援にまわったという、司法長官のセッションズらの本音が書かれている。
彼らは殺伐としたホワイトハウスの空気に嫌気がさし、恐怖に陥れられ、トランプのツイッターで公開裁判のクビにさせられる日に怯えている。ホワイトハウス全体が悪質なリアリティショーと化しているのだという。
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『インタビューしてるのに、本が出版された後に、あの本に書かれている事はウソだとか、非難してくる閣僚がいるのは嘆かわしい事だ。ウォーターゲート事件の時と全く同じだね。人間マズい真実をつかれた時に限って、こんな事をいうなんてとんでもない話さ。』
ウッドワードは、執筆にあたり影で支えてくれた妻に感謝すると同時に、実名を勇気をもって出してくれた閣僚にも感謝しているという。
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大統領顧問のケリーアン・コンウェイ、トランプお気に入りのファッションモデル出身の広告塔・ホープ・ヒックスも本には出てくる。
ここまでなら、政治記者の書いた暴露本だが、ウッドワードはさらにトランプ政権の奥に切り込んだ。
ウォーターゲート事件の時に、時のFBI副長官・マークフェルトがディープスロートである事を、’90年代半ばまで隠し通したように、彼はその腕をここでも発揮している。
フェルトとウッドワードの関係は、リーアム・ニーソンがフェルトを演じた『ザ・シークレットマン』でも明らかだ。
ウッドワードは、経済担当大統領補佐官ゲイリー・コーンと、秘書官のロブ・ポーターにもインタビューした。
コーンは、通商政策を通すアドバイザーだが、大統領が平然とウソをつくのにあきれているという。
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『トランプは証拠が目の前にあるのに、平然とウソをつく。あそこまでいくと病んでいる。まともな人間なら彼がウソをつくさまを見れば大統領にしようと思わないだろう。なぜ国民は、鼻をつまんででもトランプに投票しようと思うんだ?自分の生活がよくなると思っているのか?』
トランプが国家通商会議のトップに自国優先主義で保護貿易のピーター・ナバロを指名している事にも触れ、彼にもンタビューしている所は、辣腕記者らしい焦点の当て方だ。
だが、書かれている事が真実であるのがそんなにマズいのか、閣僚たちは、本が9.11に出版された事と、あまりの売れ行きに、おののき、一斉に書かれている内容に対して非難しはじめた。
他にも、FBI長官のジェイムス・コミー、元長官でトランプのロシア介入を調査している特別捜査官のロバート・ムラー、ムラーへの対策としてトランプの法律顧問となったドナルド・マクガンにも切り込んでいる。
彼らが一様に口にするのが、トランプが大統領というよりもタチの悪い利益優先主義の独裁者であるという事だ。
閣僚や補佐官には絶対の忠誠を誓わせるが、自分は平然と裏切る。
辞任する前に、ツイッターで解雇通知をし、いかに閣僚が役立たずか、あることない事を書き、罵詈雑言を浴びせ、否認し、恥をかかせるやり方に、リベラル層は見切りをつけているのだ。今トランプを支持している人がいれば、全くの無学の人間しかいないとウッドワードは言う。
米国が歴史的に脅威とみなしてきた中国とロシアにへりくだる様に擦り寄る外交政策も、官僚たちには理解できないのだという。同盟国を蔑ろ、もしくは無視する有様は、他の大統領では考えられないという。
トランプが同盟国の一つである韓国を毛嫌いする理由は、貿易赤字が出る損になる国という、それだけの理由だというのはあきれてものが言えなかった。
でもって、この本、さらに驚くべき事に、日本について書かれている箇所は一行もない。参考文献だけである。それだけトランプにとって日本という国の存在は風がふけば飛ぶようなものなのだ。
共和党でも中曽根総理が根回しをし、その後、リベラルな民主党政権が長く続いてくれたからこそ、同盟国として大事にされていたわけで、いかに日本が無力かが判る。
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ウッドワードは、何が一番残念かというとトランプがこの本を読み真実を認めないことだという。
だが唯一の希望は国民がこの本を読み、トランプを政権から引きずり降ろし、良識ある閣僚と大統領を選んでくれる事が希望なのだという。
欲をいえば、良識ある大統領と閣僚になった時に、日本の記述が増えればよいのだが。