【驚愕】英国猟奇殺人事件遺族が、事件の真相を語る本を上梓


’92年に英国で起こった連続猟奇殺人事件の遺族が半生を本にした。

2歳の時に、母親を目の前で猟奇殺人犯に、めった刺しにされ殺されたのはアレックスさん(27)。彼は英国で’92~’93年に起こった連続猟奇強姦殺人事件の被害者だ。

©IAN MCLGORM
この度彼は、その半生を『A True Story of Murder Loss And Survival by Alex Hansombe』という本に纏めた。

’92年に彼の母親が殺された事が皮切りとなり起こった連続猟奇強姦殺人事件。

にも拘わらずスコットランドヤード(ロンドン警視庁)は、当時500人居たという容疑者の中から、全く違う男性に容疑をかけ、誤認逮捕。後にDNA鑑定で、誤認逮捕された男性が冤罪であった事が判った後も、ろくに謝罪もしなかった事実をアレックスは本で暴露した。

『被害者の僕が赤ん坊だと言って馬鹿にしないでくれよ。僕は今でもあの日の事が嫌でも鮮明によみがえってくるんだ、鮮明にね。』アレックスは事件が起きた日の事を、昨日起きた事の様に、デイリーメールの記者に詳しく淡々と語り始めた。

事件が起こったあの日、バイク便の運転手だったアレックスの父アンドレは、いつもの様に仕事に行ってくると言って、アレックスと妻レイチェルにキスとハグをして出ていった。

©COLIN DAVEY

アレックスと母親のレイチェルは、ここなら安全だろうとウィンブルドンコモンを散歩しようと、公園に出かけたという。公園は涼しく、散歩から何事もなく家に帰るはずだったとアレックスは思っていた。
公園の茂みから出てきた黒いバックを下げた男が自分たちに襲い掛かってくるまでは…。

『あの男は僕を地面に叩きつけ、それから僕の母を襲った。それから暫くの事はあまりよく覚えていない。これは悪い夢だ、ゲームなんだ、終わったらママは起き上がって僕と一緒に遊んでくれる、そう思っていた…』

アレックスは、犯人が走り去った後、めった刺しにされた母レイチェルを何度も揺さぶった。しかし母レイチェルは二度と目を覚まさなかった。
彼が母レイチェルの傍らで泣き続けていたのに気づいた住民が通報し、最初に警察が次に救急車が現場に到着した。

それからどれぐらい時間が経っただろうか。アレックスは父アンドレから改めて母レイチェルが殺された事を聞かされた。
『父は、ママは死んだんだ、とても悪い奴がママを殺した、パパはそいつを許さないと僕に言って聞かせていた。』とアレックスは語る。

©Dailymail

アレックスの両親は’88年に出逢い、翌年の8月にアレックスが産まれた。レイチェルは大学で文学を専攻するライフセーバーで、父はアマチュアテニスプレーヤーだった。

だがレイチェルの死により一家離散の危機に晒されてしまう事になる。
アレックスの父アンドレはレイチェルの父には実の息子の様に可愛がられていたが、レイチェルの母からは受け入れられていなかった。

レイチェルの死や、容疑者の裁判がこじれ長引いた事もあり、アンドレはアレックスを引き取りフランスで育てると言い出した。

©COLIN DAVEY
だがレイチェルの両親はそれに反対しスペインに行ってしまった。思春期のアレックスは、母親の死と離散により荒んだ生活を送った。

だが、’04年アレックスが英国に帰国するきっかけが出来る。
アンドレがアレックスに、母親殺しの真犯人が見つかったと伝えたのだ。

’92年の事件当時、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)は、500人の容疑者の中から、事件現場の近所に住んでいた男性という理由で、Colin Staggを任意同行、そのまま誤認逮捕し容疑をかけた。
しかしDNA鑑定の結果、別の連続猟奇強姦事件で有罪判決が出ていたロバート・ナッパーがレイチェル・ニッケル殺人事件の真犯人と判ったのだ。


©murderpedia.org
ロバート・ナッパーは’66年生まれ。
両親が年老いてから生まれた息子で、10歳の時に両親は離婚。母方に引き取られたものの、2人の兄弟と共に里子に預けられたらいまわしにされる様になってから、精神不安定になり、いじめも受けるようになったという。

ナッパーは重度の統合失調症で妄想癖があると言われ、’92年7月にレイチェルを殺害した時も、レイチェルが自分の彼女だと思い込み、子供を連れている彼女を見かけ裏切られたと勘違いし、殺したというのだ。

ここで特筆すべきなのは、スコットランドヤードの手落ちである。
ナッパーは当時500人居たという容疑者の一人だった。しかし、のらりくらりと警察の尋問をかわし、釈放されたというのだ。

その後ナッパーは、’93年11月、サマンサ・ビセットという27歳の主婦の家に侵入し、首を刺し殺し、彼女の4歳の娘ジャスミンを強姦し殺害し逃走した。
’95年に彼はロンドンの中央裁判所で有罪判決を受け、DNA鑑定の結果判明したレイチェル・ニッケル殺害事件の他にも、他2件の婦女暴行殺人事件に関わった事を認めたという。

これについてアレックスは

『沢山の女性が僕の母親同様被害に遭い、僕の様なトラウマを抱えた遺族が残酷な事件の後に残される。そしてColin Staggの様に、ずさんな捜査の為に冤罪をかけられ人生を台無しにする人もいるんだ。僕が今回、この本を出す意味はここにある。』
英国を揺るがした猟奇殺人事件の被害者は、声を大きくして言う。

ナッパーは’08年に精神病院に終身入院刑となったが、それが遺族の側から見て納得のいく処罰なのかどうかは疑問だ。
彼はロンドン警視庁から謝罪として£97000貰ったというが、彼自身は、問題は金額にあるのではない、と思っているのだろう。

The moment I watched my mother die… and her killer wash the blood from his hands: Son of Wimbledon Common murder victim Rachel Nickell recalls the horror that haunts him still

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