サフラジェットって女性活動家たちがやった事が命がけ杉でヤバい


今では女性が飛行機のパイロットになるのも、整備士になるのも珍しい事でなくなった。
しかし今から100年以上前、第一次世界大戦勃発前の1900年は、女性に投票権すらなかった。

その投票権を獲得する為に政治運動を起こしたので有名なのが、女性活動家のエメリン・パンクハースト。

彼女を中心とする英国の女性参政権活動家は『サフラジェット』と呼ばれ、その激しさから当時警察ににらまれ、’15年に『未来を花束にして』という映画にもなった。

ここでは、エメリン・パンクハーストをはじめとした、サフラジェットの過激な政治活動の一部を紹介したいと思う。

1:ハーバード・アスキス暗殺未遂


©Wikipedia
ハーバード・アスキスは第一次世界大戦時の英国首相。
サフラジェットを弾圧した保守的政治家だった。

アスキスが1912年7月19日、アイルランドのダブリンの国立劇場で演説するのを知ったサフラジェットのメンバーの一人、マリー・リーが国立劇場に放火。

だが火災は鎮火され、暗殺は未遂に終わり、マリーは逮捕された。

アスキスは『未来を花束に』でサフラジェットのメンバーを演じたヘレナ・ボナム・カーターの曽祖父。

2:別荘爆破事件


©Harris & Ewing

国民保健法制定で有名なのが、ロイド・ジョージ。

アスキス首相時代は、国民保健を制定し女性の権利を擁護していたが、1916年に首相に就くと、態度急変。
サフラジェットを攻撃する態度を見せたのがロイド・ジョージ。

サフラジェットはジョージを裏切者と称し、彼の別荘を襲い12人の死者を出した。
映画『未来を~』でも首相の別荘を襲うシーンが描かれている。

3:ハンガーストライキ


©World Magazine

1909年7月、器物損壊の罪で服役していたサフラジェットのメンバー、マリオン・ウォレス・ダンロップは、91時間に及ぶハンストを行い何も食べず、餓死を恐れた看守が彼女を釈放した。

が、政府が示威運動で服役し、同じ様にハンストを行ったサフラジェットのメンバーに対し、鼻からチューブを入れ無理矢理栄養分を摂らせる拷問を行ったという。

あるメンバーは200回以上も無理矢理チューブを通されたという記録がある。

4:美術品損壊


©National Gallery

パンクハーストが逮捕された後も、サフラジェットたちへの影響は数年間続き、1914年、ロンドンのナショナル・ギャラリーで展示されていた美術品が切り裂かれる事件が起きた。

被害が大きかったのは、スペインの画家、ベラスケスが描いた『鏡の中のヴィーナス』で、ナイフで切り裂かれていたという。

犯人はパンクハーストを崇拝していた女性でマリー・リチャードソンと名乗る女性。
男性がイメージする女性像をぶち壊す為に美術館にある美術品を壊したものと思われている。

5:飛び込み自殺


『未来を~』のクライマックスに出てくるシーンがこのシーン。
1913年、ジョージ5世が所有する馬の前にわざと身を投げ出して、頭蓋骨骨折の大けがを負い死んだ女性が居た。

女性の名はエミリー・ワイルディング・デービソン。
サフラジェットの中でも最も過激と言われるメンバーの一人で、王への抗議の意味を込めて身投げしたというのだった。

6:パンクハースト逮捕


©Wikipedia
サフラジェットの一大事件と言われれば、パンクハースト逮捕だろう。

グラスゴーのStアンドリューホールの前で演説していた彼女は、突撃してきた警官に令状もなく捕まり連行された。

ある者は警官にピストルを向け、ある者はパニック状態になり、ある者は、警官に連行されるパンクハーストの背に、いかないで、彼女を連れて行かないでと叫んでいたという。

パンクハースト率いる女性政治社会連合(WSPU)は’03年に結成され、わずか10年で活動の幕を閉じた。

その活動の多くは爆弾テロなど暴力的なものが多く、合法的な政治活動で穏健的に参政権を得ようとする人々の心から離れていったのは拒めない。

だか彼女たちが、いなければ私たちの世の中は、もっと変わったものになっていたかもしれないのだ。

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