ツール・ド・フランスの歴史とミステリー


かつて『ツール・ド・フランス』7連覇したロードレースの王者
ランス・アームストロングが、何故ドーピングにより
タイトルを剥奪されたのかを説く、『疑惑のチャンピオン』が
映画館で公開されています。

7月全般かけて行なわれる長丁場レース『ツール・ド・フランス』。
意外と知られていない事があるようです。

103rd Tour de France
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今年で103年目を迎える『ツール・ド・フランス』。

今年の行程は、モンサンミシェル~ピレネー山脈~
モン・ヴァンドウからスイス、モンブランに抜け、
ゴールのシャンゼリゼ通りに向かうものです。

コースは、フランス国土がメインですが、周辺国が
舞台になる場合もあります。

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ちなみに現在の距離3000km以上というのは、直線移動距離で
ロンドンからエルサレムまで、という遠さ。
ww1
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元々は1903年、スポーツ新聞社ロト(現在のレキップ社)が
宣伝の為に、はじめたもので、最初の方は、
『道中アルコール呑んでもいい』という今では
考えられない話もありました。
その大会も、二度の大戦以外で中断された事は一度もないそうです。

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当初のコースは、パリ郊外モンジュロンのカフェ
『ルヴェイユ・マタン』からヴィル・タレーまで、
合計2428km、6ステージ。

但し、今の様に最新鋭のロードバイクがあるわけでも、
スポーツウェアや、パーソナルトレーナー、はたまた、
キャラバンがあるわけでもありません。

1ステージを1人で400km走り、宿泊先は選手が手配。
自転車修理工具はレース中に持ち運び、と、今以上に過酷でした。

france
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103回の大会の中で、最も優勝している国は、本場フランスの36回。
続いてベルギーの18回、そしてスペインの12回です。
ステージ数は、’93年以降は21ステージが定着していますが
昔はもっと多かったそう。

lance
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本来であれば、米国がこれに続いていたかもしれませんが、
ランス・アームストロングや、フロイド・ランディスがドーピングで
タイトル剥奪となり、それもかなわかったのでしょう。

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ツール・ド・フランスのレース中に参戦選手が亡くなったのは4人。

レース中に亡くなったのは、’35年にフランシスコ・セペタが
クラッシュ。
’95年にファビオ・カザルテッリはバイクがコントロール
出来なくなりピレネー山脈のポルテ・ダスベ峠でクラッシュ。
ヘルメットの着用が義務付けられていなかった為、即死でした。

その他不可解なのは、’67年になくなったトム・シンプソン。
山岳コースで暑さと薬物の複合作用により突然死。
何故と思うのが、’35年にレースの休養日に、
海辺で泳いでいて溺死したアドルフ・エリエールでした。

いかがでしたでしょうか。
歴史あるレースに、隠されたミステリーや、疑惑は
まだまだありそうですね。

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