若くして引退し、その後メディアに出てこなかった女優たちまとめ


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先日、日本のグレタ・ガルボといわれた、原節子さんが
お亡くなりになられました。

ここでは若くして引退し、メディアからとおざかった
女優をまとめてみたいと思います。

1:グレタ・ガルボ(1905-1990:享年84歳)

スウェーデン・ストックホルム生まれの
ハリウッドのサイレント期の女優。
母国で女優として活躍していた所を、MGMの社長にスカウトされ、
ハリウッドに招かれる。
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3作目の『肉体と悪魔(1926年)』をはじめ、
ミステリアスな美貌で人気を博した。

1941年に引退した時には、ガルボはまだ35歳だったが、
公の場に姿を全く見せる事はなく
マンハッタンのアパートで生涯独身を貫いた。

『ニノチカ』で彼女が演じたロシアのスパイのセリフが、
人嫌いでありながら、周囲に誤解されている彼女の本音を
物語っている。

独りになりたいなんていってないわ。
そっとしておいて欲しいといっただけ。

2:原節子(本名:会田 昌江:1920-2015:享年95歳)

1935年、日活多摩撮影所に入社し、同年上映の
『ためらふ勿れ若人よ』で演じた役名・節子から
芸名を取ったという説がある。
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’46年には資生堂のイメージガールに採用され、’47年にフリーに。

彼女が小津安二郎監督監督と組んだのは’49年の『晩春』から。

それ以降、小津監督の遺作となる『小早川家の秋』まで
6作品に出演。引退は’62年の東宝映画『忠臣蔵』。

当時は恩師である小津監督の死が間接的要因で引退と
言われていたが、この所、
実兄で現場撮影者だった会田吉男が
撮影中に御殿場で事故死した事が原因だと判明。

この頃の女優は高峰秀子もそうだが、
経済的事情で、仕方なく女優業をしている人も多く、
原節子も例外ではなかったという事ではなかった。

彼女はこの悲劇を機に銀幕から姿を消し、
メディアとの関係を絶ち、鎌倉に隠遁したという事になる。




3:ジョアンナ・シムカス(1943年-)
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『冒険者たち』でアラン・ドロン、リノ・バンチュラと
共演した美女、ジョアンナ・シムカスは
『失われた男』で共演したシドニー・ポワチエと結婚。
現在はインテリナ・デザイナー。

4:デブラ・ウィンガー(1955年-)

『愛と青春の旅立ち』で注目を浴び、
レッドフォードと共演した『夜霧のマンハッタン』など
寡作ながら秀作を残し、’95年に一旦、銀幕から姿を消して
女優たちの間で話題をさらったデブラ・ウィンガー。
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オハイオ州クリーブランド生まれ、高校の頃に単身で
イスラエルに渡るという過去を持つ。
帰国後に交通事故に遭い、奇跡的に回復すれば女優になろうと決意。

TV『ワンダーウーマン』のヒロイン・ワンダーガールで注目を浴び、
その後、トラヴォルタと共演した
『アーバン・カウボーイ』で映画デビュー。

彼女の名前を冠した『デブラ・ウィンガーを探して』という
35人のハリウッド女優にインタビューした
ドキュメンタリー存在するだけでなく、
ウィンガーが、2002年に復帰した後の、
作品が酷評を浴びている事から、ハリウッドでは、

『40を過ぎると、女優には仕事が回ってこなくなる』
という説も横行している。

こうしてみると、昔は、『若くして女優を引退し、
隠遁生活する』事は、考えようによっては難しくなかった
かもしれない。

しかし現在では、プライバシーを隠せなくなっている以上、
若くして引退というのは難しい世の中なのだと思う。

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